東京高等裁判所 平成4年(ラ)42号 判決 1992年3月31日
石川県石川郡鶴来町熱野町ロ一五番地
抗告人(被告)
中村留精密工業株式会社
右代表者代表取締役
中村健一
石川県金沢市新保本二丁目四〇一番地
抗告人(被告)
鉄工通商株式会社
右代表者代表取締役
渡邊元彬
兵庫県神戸市中央区東川崎町三丁目一番一号
抗告人(被告)
川崎重工業株式会社
右代表者代表取締役
大庭浩
新潟県長岡市鉄工町二丁目三番六二号
抗告人(被告)
株式会社長岡製作所
右代表者代表取締役
河野宏
新潟県中蒲原郡亀田町東船場四丁目二番一八号
抗告人(被告)
コスモ機械株式会社
右代表者代表取締役
鈴木重雄
右抗告人ら訴訟代理人弁護士
酒井紳一
右抗告人中村留精密工業株式会社
訴訟代理人弁護士
坂井芳雄
同
兼子徹夫
同
海老原茂
愛知県丹波郡大口町大字小口字乗船一番地
相手方(原告)
ヤマザキマザツク株式会社
右代表者代表取締役
山崎照幸
右訴訟代理人弁護士
大場正成
同
尾﨑英男
同
嶋末和秀
右輔佐人弁理士
相田伸二
主文
本件抗告を却下する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
一 抗告の趣旨及び理由
抗告人らは、「原決定を取り消す。本件訴訟を金沢地方裁判所に移送する。」との裁判を求め、当審において、抗告人中村留精密工業株式会社は、次のとおり述べた。
1 本件は管轄選択権濫用に該当し、又は民事訴訟法第二一条の併合請求の裁判籍の適用範囲外にあるものであり、同抗告人に対する訴えについては東京地方裁判所に管轄権はないので、同抗告人に対する請求を分離して、金沢地方裁判所に移送すべきである。
2 相手方と東洋ガラス株式会社及び株式会社大栄商会との間には、相手方の差止請求に係る法律関係において、相手方の法的地位に危険又は不安もなく、その解消のために本案判決を求めることが正当と認められるだけの利益はない。
このことは、東洋ガラス株式会社との間においては、相手方が第一回口頭弁論期日前に訴えを取り下げたことから明らかである。
また、株式会社大栄商会は、独立の機械商社(なお、本件訴訟において、相手方は、同社を抗告人中村留精密工業株式会社の代理店であるかの如き主張をしているが、株式会社大栄商会は、同抗告人と代理店契約を締結しているのでもなく、また、その系列に位置する商社でもなく、各機械メーカーと自由に商取引をなしうる独立した機械商社である。)であり、本件訴訟の対象である刃先位置検出装置を現在取り扱つておらず、かつ、代表者において、今後においても取り扱わない旨誓約している(丙第一号証)。
そして、相手方の担当者は、右の誓約に対し、「お客様や代理店殿(抗告人注―独立の機械商社を意味する。株式会社大栄商会はその一つである。)に当裁判に御参加願いますことは、弊社としても心苦しく思つておりますが、上記事情(抗告人注―相手方が第三者を通じてメーカーである抗告人中村留精密工業株式会社との話し合いの機会を持とうと試みたが、「その必要なし。」との回答があり、相手方はその時点で同抗告人との話し合いによる解決の糸口を失い、その結果、残念ながら今回の提訴に至つたという事情)をご賢察下さいまして、ご理解賜りますようお願い甲し上げる次第であります。」と申し述べている(丙第二号証)。
これは、相手方が株式会社大栄商会を被告として訴訟追行する意思はなく、また、同社に対し、刃先位置検出装置に関して本案判決を求める利益が全く存しないことを明瞭に認識しながら、抗告人中村留精密工業株式会社に対する訴訟のために大栄商会を本件訴訟に引き込んだことを自白しているものである。
相手方は、株式会社大栄商会や東洋ガラス株式会社に被告適格がなく、相手方において本件訴訟を追行し、本案判決を取得する利益も意思もないにもかかわらず、自己に便利な両社の本店所在地を管轄する東京地方裁判所に、他の被告に対する請求をも併せ管轄せしめる目的をもつて両社を被告に引き込んだものであり、明らかに管轄選択権の濫用である。
このように、外形上、民事訴訟法第二一条の併合請求の裁判籍の要件を満たす場合においても、原告が、本来管轄のない請求について、自己に便利な裁判所へ管轄を生じさせるためだけの目的で、本来訴訟を追行する意思のない、その裁判所の管轄に属する請求を併せてしたと認められるような場合は、同条によつて与えられる管轄選択権の濫用となることは、札幌高裁昭和四一年(ラ)第三二号移送申立却下決定に対する即時抗告事件について同裁判所が同年九月一九日にした決定によつても認められている。
3 また、本件訴訟は、名古屋地方裁判所昭和五五年(手ワ)第三二〇号約束手形請求事件における移送決定で示されたところと同様、民事訴訟法第二一条の併合請求の裁判籍の適用の限界を超えたものである。
右事件は、約束手形の所持人が振出人(神戸市に主たる事務所を持つ。)と第一裏書人ないし第三裏書人の四名を共同被告として、第三裏書人の住所である尾張旭市を管轄する名古屋地方裁判所に手形金等の支払いを求めて訴えを提起し、振出人以外の被告に対する訴えはその後取り下げたものであるが、同裁判所は、同条の併合請求の裁判籍は、被告となるものが手形に署名した当時、手形上の記載によつて、共同被告となることが明確に把握し得る範囲(例えば、裏書の前者や直接の後者)においてのみ適用があると解すべきであり、このように解しないと、手形所持人において、最終裏書人として自己の欲する管轄地の一名を作出して形式上共同被告とすることにより、易々と管轄の規定を潜脱することを許す結果となり得るとするものである。
本件訴訟においても、右の理は妥当するものであり、原決定のように、併合請求の管轄の名目の下に、一般的、包括的に当然の管轄権を付与すると同様の効果を来す解釈をとることは、抗告人中村留精密工業株式会社の管轄の利益を奪い、著しく公平を害するもので許されない。
二 相手方は、主文と同旨の決定を求め、当審において次のとおり述べた。
1 民事訴訟法上、管轄違いに基づく移送申立権は規定されていないので、その却下決定に対し、抗告人中村留精密工業株式会社及び同鉄工通商株式会社が即時抗告をすることは法律上認められていない。
また、その余の抗告人の裁量移送の申立ては、抗告人中村留精密工業株式会社及び同鉄工通商株式会社の管轄違いの主張が認められることを前提とするものであるから、同抗告人らの即時抗告が不適法であり、管轄違いの主張が認められない以上、その余の抗告人の即時抗告に理由がないことは明らかである。
2 相手方が東洋ガラス株式会社に対する訴えを取り下げたのは、抗告人中村留精密工業株式会社の2スピンドル旋盤を購入したのが東洋ガラス株式会社ではなく、その子会社であることが判明したからであり、その子会社に対し権利主張を行う意思を放棄している訳ではない。
また、株式会社大栄商会は、刃先位置検出装置の販売行為、販売のための展示行為によつて原告の特許権を侵害しているから、差止請求を行う正当な利益が存在する(特許法第二条第三項、第一〇〇条)。
なお、抗告人中村留精密工業株式会社は、丙第二号証の書簡の一部の記載を取り上げて、それが、相手方が株式会社大栄商会に対し訴訟追行をする意思のないことや、相手方に本案判決を求める利益のないことの根拠としている。
しかし、同書簡を読めばわかるとおり、同書簡は、同抗告人が相手方の特許を尊重していれば本件提訴には至らなかつたという当然のことを述べているにすぎず、同抗告人が主張するような趣旨のことは何ら表しているものではない。
また、株式会社大栄商会は、刃先位置検出装置を将来も取り扱わないと誓約はしているが、2スピンドル旋盤を取り扱わないとは言つていない。同社が抗告人中村留精密工業株式会社の2スピンドル旋盤を扱うということは、同時にパンフレツトの配布や説明によつて、旋盤に装着してその機能を著しく高める効果のある刃先位置検出装置の販売、販売の申出、販売のための展示などか必然的に付随行為として行われることになるのであつて、両者を切り離すことは実際上あり得ない。
甲第五号証(2スピンドル旋盤のパンフレツト)には「NTセツター」という名称のもとに刃先位置検出装置が記載されているのであり、株式会社大栄商会が潜在的顧客に配布し、商談を進めることによつて、刃先位置検出装置の販売の誘因、申出を行つたことになるのである。したがつて、同社の右誓約がどの範囲の行為をしないといつているのかということ自体明らかではないのである。
3 抗告人中村留精密工業株式会社は、名古屋地方裁判所の移送決定の例を引用して、民事訴訟法第二一条の適用自体をも問題としているが、転々流通する手形の事件の共同被告間には人的関係がないのに対し、本件のような特許侵害事件では、メーカーと販売業者は密接な関係があるから、全く事案を異にするものである。
メーカーは販売業者の販売活動によつて、製造した製品をさばき、利益をあげているのであるから、メーカーにとつて、その製品を販売する業者の所在地に管轄が生ずることは何ら不当ではない。そして、特許侵害事件では、対象品に関する侵害の成否が最も重要、かつ各被告にとつて共通の論点であるから、同条の適用により、同一製品のメーヵー、販売業者、ユーザーに対する訴訟を同一裁判所で審理することは訴訟経済上の合理性がある。
三 当裁判所の判断
1 東洋ガラス株式会社及び本件訴訟の各当事者の普通裁判籍、相手方の抗告人らに対する請求の内容については、原決定第七頁第一〇行ないし第九頁末行のとおりであるからこれを引用する。
2 民事訴訟法第三三条により移送の申立てを却下する裁判に対して即時抗告ができるのは、当事者に移送の申立権が与えられている場合に限られると解すべきところ、同法第三〇条第一項の管轄違いによる移送は、裁判所が職権で行うものであり、当事者に申立権を与えられていない(当事者が移送の申立てをしても、それは、単に裁判所に職権の発動を促すものにすぎない。)から、抗告人中村留精密工業株式会社及び同鉄工通商株式会社の右管轄違いによる移送の申立ての却下の裁判に対してした本件即時抗告は、不適法であるというべきである。
また、その余の抗告人(いずれも金沢地方裁判所の管轄地に普通裁判籍をもたない。)の同法第三一条に基づく移送の申立ては、抗告人中村留精密工業株式会社及び同鉄工通商株式会社の移送の申立てが容れられることを前提とするものと認められるところ、同抗告人らの移送の申立てを却下する裁判に対する即時抗告が認められない以上、その余の抗告人の即時抗告は、その主張事実の当否について判断するまでもなく理由がないものである。
3 なお、付言するに、抗告人中村留精密工業株式会社は、当審において、約束手形請求事件の管轄についての裁判例を引用して、相手方の管轄選択権濫用の主張をしている。
しかし、相手方が東洋ガラス株式会社に対する訴えを第一回口頭弁論期日前に取り下げたことについて、相手方の、「同社に対する訴えを取り下げたのは、同抗告人の2スピンドル装置を購入したのが同社ではなく、その子会社であることが判明したからである」との主張を直ちに虚偽として排斥し、相手方は、抗告人らに対する請求につき東京地方裁判所に管轄を生じさせるための目的で、同社に対して訴えを提起したものであることを認めることのできる証拠は存在しない。
そして、このことは株式会社大栄商会に対する訴えについても同様である。
同抗告人は、同社が丙第一号証の書簡により刃先位置検出装置を取り扱わない旨誓約しているにもかかわらず、相手方が訴えを取下げないこと、また丙第二号証の相手方の担当者の書簡により、相手方が同社を被告として訴訟追行する意思はなく、また、同社に対し、刃先位置検出装置に関して本案判決を求める利益が全く存しないことを明瞭に認識しながら、同抗告人に対する訴訟のために同社を本件訴訟に引き込んだことが明らかである旨主張する。
しかし、丙第二号証の書簡の全体を読めば、同抗告人が主張しているような趣旨には読み取れず(「相手方は工業所有権法上の正当な権利を主張しているだけである」旨の記載もある。)、また、同社の右誓約による相手方の差止請求権の帰趨(相手方は、そもそも、その誓約がどの範囲に及ぶのか明らかではない旨反論している。)は、本件訴訟において証拠調べの結果判断されるべきことであつて、今直ちに、相手方の同社に対する差止請求権はなく、相手方が同社に対して訴えを提起しこれを維持していることが、同抗告人らに対する請求につき東京地方裁判所に管轄を生じさせるための目的によるものと認めることができる証拠はない。
また、同抗告人は、名古屋地方裁判所の約束手形金請求訴訟における移送決定を引用し、本件においては、同抗告人については民事訴訟法第二一条の併合請求の裁判籍は生じない旨の主張をしている。
しかし、相手方は、同抗告人が特許侵害物件である刃先位置検出装置を製造して株式会社大栄商会に販売したと主張して本件訴訟を提起したものであり、特許侵害に関して両社は主観的な共同関係にあるものであつて、両社に対する請求につき民事訴訟法第二一条の併合請求の裁判籍を生じさせるに何ら不合理な点はないから、同抗告人のこの主張も理由がない。
四 以上のとおり、抗告人らの本件抗告は不適法又は理由のないものであるから、これを却下することとし、抗告費用の負担について民事訴訟法第九五条前段、第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)